日本橋鮒佐の歴史

日本橋鮒佐の創業は、江戸時代末期の1862(文久2)年。

初代佐吉は、北辰一刀流の免許皆伝の腕前でしたが、”鮒寿々め焼き(ふなすずめやき)”を商いとしていました。


佐吉は釣りが趣味で、良く東京湾沖に舟で出ていたそうです。

ある日佐吉が釣りに出かけたところ、品川沖あたりで時化(しけ)に遭い、舟は佃島まで流されたそうです。

漂着した佃島で佐吉は地元の漁師が雑魚を塩煮にしているのにヒントを得て、醤油で煮込み現在の”佃煮”を創りました。


以来鮒佐の佃煮は江戸食通の間で評判となり、『元祖佃煮』として4代145年、今に至ります。


現在は4代目、5代目が自ら釜場に立ち、商品作りに励んでおります。



金鮒佐(きんふなさ)の商標

私どもの三代目大野金盛(かねもり)は昭和中期から後期にかけ、先祖から代々受け継いだ秘訣の味にさらに工夫を重ね、今日他に類を見ない江戸名物の佃煮を生み出しました。


これを記念し、金鮒佐佃煮という商標登録をし、より質の高い素材を求めて味一筋に145年の伝統を守り、御調製致しております。

『金鮒佐』は、日本橋鮒佐の佃煮の登録商標です。



















味へのこだわりと心がけ

日本橋鮒佐の佃煮の味へのこだわりは、原料、調味料、製法にあります。

原料


先代からの教えの中に”素材にこだわり、旬を活かす”という物があります。私たちはその教え通り、原料はその場にある最高の物を選ぶ事を心がけてます。

しらすやごぼう、あなご、うなぎ といった品物は毎日、新鮮な材料を築地から仕入れております。

例えば、しらすや海老などは、生でそのまま食べれる鮮度の物を使用します。

また、昆布やはぜ、帆立といったものは原料産地より直接仕入れます。いずれも鮮度や原料の状態で最良の物を選びます。

調味料

醤油は3代目金盛よりキッコーマンを使用しております。

使用し続ける理由は2つあります。

まず、キッコーマンが非常に高い技術と品質を維持している事、2つ目はしょうゆの味の濃さにあります。キッコーマンのしょうゆが広く世界で親しまれているのは、アミノ酸が多く含まれているすっきりとした醤油辛さを持つこの味にあるのではないでしょうか。

キッコーマンの醤油はどの料理にも最良の味付けをもたらしてくれます。


また、砂糖は三温糖と白双糖をある一定の分量で混ぜる事ですっきりとした甘みと深みのある甘みを出してます。甘味は旨みの大事な要素のひとつですので、江戸前佃煮は、辛口の中にもほんのりとした甘さを出せるようにバランスよく調整しております。

製法

”火力””タレ”この2つが製法の重要なポイントになります。

”火力”は主に強火と弱火(余熱)をいかに鍋にあたえるかに尽きます。この強弱により、商品の風味が大きく変わります。

また、”タレ”は私どもの佃煮の生命線になります。

代々伝わる言い伝えはほとんどありませんが、只ひとつ社員全員に言われている事は”地震や火事が起きたら身の周りのものは捨ててもタレだけは持って逃げろ”という言葉です。

このメッセージは”タレさえあれば商売ができる。身の周りの物は後で買い揃えてやるから自分の物は捨ててタレを持って逃げろ”という、いかにタレが重要かと言う事を表していると思われます。

この言葉は未だに新入りには釜場で教えられます。

”タレ”とは煮込んだ後の煮汁を指します。タレは濃すぎず薄すぎず、ちょうど良い粘度と色に調整し、これに新しい醤油と合わせて煮込むことにより味の深みが増します。
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